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東京地方裁判所 平成5年(ワ)18185号 判決

原告

東京医療生活協同組合

右代表者理事

油原榮

右訴訟代理人弁護士

有賀信勇

長谷川幸雄

被告

山﨑公一

右訴訟代理人弁護士

井上庸一

冨永敏文

中西義徳

主文

一  被告は、自ら又は第三者をして、次に掲げる行為をし、又はさせてはならない。

1  原告が所有する別紙物件目録(一)記載の土地及び同目録(二)記載の建物に立入り、又は立ち入ろうとすること。

2  別紙物件目録(一)記載の土地、同目録(二)記載の建物及びその付近(別紙添付図面の青線で囲んだ部分から二五メートル以内の区域)において、「解雇撤回」「職業病の責任をとれ」等と発言したり、又はハンドスピーカーを使用するなどして連呼すること、もしくは「解雇を撤回せよ」「職業病発生の責任をとれ」その他原告の経営する中野総合病院に関する記事を記載したビラ配り行為を行うこと。

3  別紙物件目録(一)記載の土地、同目録(二)記載の建物及びその付近(別紙図面の青線で囲んだ部分から二五メートル以内の区域)において、「解雇撤回」「職業病の責任をとれ」等と記載したゼッケンを着用したり、又は右同旨の記載をした旗、プラカード、もしくは横断幕を掲げること。

4  その他原告の経営する中野総合病院における医療業務及びこれに関する一切の業務の妨害をすること。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  争いのない事実等(以下の事実は、争いがないか、各掲記の証拠によって認められる。)

1  原告は、肩書地において中野総合病院などを経営する医療生活協同組合であり、別紙(略、以下同じ)物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)及び同目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有している。本件土地建物は、中野総合病院の建物およびその敷地である(〈証拠・人証略〉)。

2  訴外秋月わぐり(以下、わぐりという。)は、もと中野総合病院の職員(衛生検査技師)であったが、昭和五六年四月一四日、原告により懲戒解雇(以下、本件懲戒解雇という。)された。

訴外秋月昭麿(以下、昭麿という。)は、わぐりの夫であり、「中野総合病院の職業病闘争を闘う会」(以下、闘う会という。)の事務局員である。

被告は、闘う会のメンバーである。

3  わぐりや昭麿らは、昭和五六年五月頃から本件懲戒解雇が違法であると主張して、その撤回を要求する行動を開始した。同人らの活動の方法は、闘う会の会員又は中野総合病院患者会の会員とともに、「患者会ニュース」という表題の本件懲戒解雇の撤回の要求を内容とするビラを作成配付したり、中野総合病院に押しかけ、その付近においてシュプレヒコールやハンドスピーカーで「解雇撤回。職業病の責任をとれ。」などと連呼するというものであった(〈証拠・人証略〉)。

4  これに対し、原告は、わぐり・昭麿らを相手方として、東京地方裁判所(以下、当庁という。)に対し、立入禁止などを求める仮処分を申請し(昭和五六年(ヨ)第二二六二号)、同年五月二八日、同人らが中野総合病院の敷地及び建物付近において罵声を発し、ハンドスピーカーを使用するなどして喧騒にわたる状態を作出し、又は第三者をしてこのような状態を作出させ、同病院の医療業務などを妨害することを禁止する旨の仮処分決定を得た。

しかし、わぐり・昭麿らは、その後も右決定を無視して右と同様の行動に出るとともに、昭和五六七(ママ)年八月一〇日以降は、原告の当時の組合長である田中修吾に対し(昭和六一年六月以降は、中野総合病院の当時の外科部長の齋藤政隆に対しても)、団体交渉に応じること、わぐりほか一名の懲戒解雇を撤回することなどを要求し続けた(〈証拠・人証略〉)。

そのため原告は、わぐりほか一名を被告として昭和五八年八月二日、雇用関係不存在確認の訴えを提起し、これに対し、わぐりほか一名は、原告を被告として、同年一〇月五日、雇用関係確認等の反訴を提起した(以下、本件雇用関係訴訟という。)。

また齋藤政隆は、わぐり・昭麿を相手方として、当庁に対し、面会強要などの行為の禁止を求める仮処分を申請し(昭和六一年(ヨ)第二三四四号)、昭和六二年二月二〇日、同人らが齋藤宅のインターフォンのボタンを連打したり、「団交要求書を手渡すから出てこい」などの発言を拡声装置を使用して声高に反復連呼したりする方法で面会を強要すること、中野総合病院の敷地内又は付近の公道上で齋藤を取り囲み、その身体に手をかけるなど齋藤の自由な通行の妨げとなる一切の行為をすることなどを禁止する旨の仮処分決定を得た。

さらに田中修吾は、わぐり・昭麿を相手方として、当庁に対し、同様の行為の禁止を求める仮処分を申請し(昭和六一年(ヨ)第二三六六号)、昭和六二年二月二〇日、同人らが田中に「解雇を撤回しろ」「団交に応じろ」などの自己の要求を押しつけたり、面会を強要したりする趣旨の電話をかけることなどを禁止する旨の仮処分決定を得た。

5  本件雇用関係訴訟は、一、二審ともわぐりほか一名が敗訴し、わぐりらは上告したが、平成四年六月四日、上告棄却となった(平成四年(オ)第六九三号)。

6  原告は、わぐり・昭麿らを相手方として、業務妨害の禁止及び間接強制を求めて、当庁に対し、仮処分の申立をし(平成四年(ヨ)第四四一三号)、平成四年八月二八日、右趣旨の仮処分決定を得た。

わぐり・昭麿は、右仮処分決定後も業務妨害を継続したので、原告は、右決定につき執行文付与請求訴訟を提起し(平成四年(ワ)第一七〇〇五号)、平成六年一月二八日、その旨の判決を得た(〈証拠略〉)。

また、中野総合病院院長池澤康郎(以下池澤院長という。)は、昭麿らを相手方とし、生活妨害禁止仮処分の申立をし(平成四年(ヨ)第四六五九号)、平成四年八月二八日、その旨の仮処分決定を得た。

次いで、原告は、昭麿らを相手方として、中野簡易裁判所に対し、動産仮差押の申立をし(平成四年(ト)第九号)、平成四年一〇月一四日、その旨の決定を得、さらに昭麿を相手方として、当庁に対し、給与債権仮差押の申立をし(平成四年(ヨ)第八一二三号)、同年一一月二七日、その旨の決定を得た。

さらに原告は、請求の趣旨と同旨及び間接強制を求めて、昭麿・わぐり及び氏名・住所の判明している支援者九名を相手方として、仮処分の申立をし(平成四年(ヨ)第八八八〇号)、平成五年三月二三日、その旨の仮処分決定を得た。

7  被告は、平成三年の夏前頃から、闘う会のメンバーとして昭麿・わぐりらとともに中野総合病院に対する業務妨害行為を繰り返したので、原告は、被告及び訴外片岡萬理子を相手方として、請求の趣旨及び間接強制を求めて仮処分の申立をし(平成五年(ヨ)第三〇九四号)、平成五年六月一一日、その旨の仮処分決定を得た。

また原告は、被告の業務妨害による損害賠償債権を被保全債権として、被告の給与債権を仮差押した(平成五年(ヨ)第五八七三号)。

第三争点

本件は、原告において、土地建物の所有権に基づく妨害排除・予防請求権により、本件土地建物への立入禁止(主文一・1項)と、所有権から派生する営業権(医療業務及びこれに関する一切の業務を円滑に行う権利)に基づく妨害排除・予防請求権により、病院施設から二五メートル以内の区域での発言・連呼・ゼッケン着用・旗掲示等禁止(主文一・2ないし3項)、その他業務妨害禁止(主文一・4項)を求めた事案であり、右請求権の存否が争点であるが、この点に関する当事者双方の主張は、次のとおりである。

一  原告

1  昭麿・わぐりらは、原告や中野総合病院の池澤院長を誹謗・中傷したり、懲戒解雇の撤回・原告理事会が交渉を拒否していることの不当性を訴えるとして、同病院内に立入り、又は立入ろうとしたり、同病院付近において、出勤してくる病院職員や来院する患者に対し、「懲戒解雇撤回」「理事会は団交をせよ」「職業病の責任をとれ」などと罵声を発し、あるいは病院に向かってハンドスピーカーを使用して怒声・演説を繰り返し、あるいは「懲戒解雇を撤回せよ」「職業病の責任をとれ」その他原告の経営する同病院を批判するビラを配付し続けた。

その日時、人数及び行為内容は、別紙被告らの行為一覧表(一)、(二)記載のとおりであり、右行為は、雇用関係訴訟がわぐりの敗訴で確定した後も続き、現在もなお続いている。

2  被告らは、長期にわたり前記行為をし続けていること、その間に原告ほかを申立人とする同種の仮処分による禁止決定が七回あったにもかかわらず、これを無視し続けていること、訴外わぐりは、雇用関係訴訟の判決確定後も、また昭麿や被告ら支援者は、もともと何らの権限がないにもかかわらず、同種の行為に出ていること、被告らは繰り返し解雇撤回や団体交渉に応じることを要求して、中野総合病院及びその周辺で前記行為をしているが、病院の性格からして著しい業務妨害行為になるし、患者にとっても健康を脅かされかねない行為であること、被告らは、今後とも右行為を継続して行うことを公言しており、今後とも被告らの右行為が繰り返されるおそれは強いこと、その他本件行為の目的、態様、期間、原告に与える被害の程度その他諸般の事情からすると、前記被告らの行為によって原告の受ける被害は、社会通念上受忍すべき限度を超えるものであり、今後もそのような侵害行為がなされる蓋然性が高いから、原告はその侵害行為の差止めを求めることができることは明らかである。

二  被告

1  営業権に基づく差止請求権なるものは原則として認められない。なぜなら、営業権なる概念がそもそも極めて曖昧な概念であるし、差止請求権は具体的な法規定に基づいてのみ認められるべきであるからである。被告は、これに対する例外を一切認めないものではないが、仮に例外を認めるとすれば、その要件は極めて厳格に解されなければならない。これを安易に認めることは裁判所による立法を認めることとなり、わが国における三権分立の体制を侵害することになる。右例外が認められるには、〈1〉侵害行為が繰り返され、その結果、今後も侵害行為が繰り返される高度の蓋然性があること、〈2〉侵害行為による被害が事後的な救済では回復できないこと、との二つの要件が必要であるが、本件では右いずれの要件も満たされていない。

2  営業権に基づく差止請求が認められるためには、発生する被害が甚大なものでなければならない。ところが、以下のとおり、被告の行為は、何ら原告の業務を妨害するものではない。

(一) 立入行為については、原告が立入禁止を求める場所は、単なる私人宅ではなく、病院という公共性を持つ。また被告が原告病院に立ち入ったことは一度もない。

(二) 連呼及びビラ配付行為については、右行為による医療業務の直接的妨害と連呼・ビラの内容による名誉失墜などによる間接的妨害が考えられるが、直接的妨害については、連呼が医療業務の妨害になるのは、その音声によって聴診器が聞こえなくなったりする場合である。しかし、中野総合病院は、大通りに面しており、通常七五ないし八〇デシベルの騒音を発する場所にある。二五メートル離れた場所からの連呼では、その騒音を拡大するものではなく、何ら医療業務の妨害にならない。ビラ配付行為が医療業務の妨害になるのは、病院入口前に密集して立って配付することによって、医者や患者の自由な通行を妨害する場合であろう。しかし、闘う会のビラ配付行為の態様は、道路両端に並んでの整然たるものである。

また、間接的妨害については、連呼・ビラの内容による名誉失墜等の被害は非常に抽象的である。表現の自由ともかかわる問題であるので、事前に差止を求めるに当たっては、その表現内容・表現結果が医療業務に及ぼす打撃(患者の減少等)と、その蓋然性が厳密に検討されなければならない。原告が禁止を求める「解雇撤回」「職業病の責任をとれ」「解雇を撤回せよ」との文言は、何ら原告を誹謗中傷するものではない。また、「中野総合病院に関する記事」との内容は具体的でない。雇用関係があろうがなかろうが、一般的に中野総合病院に関する記事を記載したビラを配付することは自由である。たとえ一市民が中野総合病院批判のビラを配付し、結果として患者が減少することが確実に推定されたとしても、その記事内容が虚偽でない限り、事前にその差止を求めることはできないというべきである。「その他一切の医療業務及びこれに関する一切の業務の妨害」については、事前に差止を求める行為を何ら特定していない。業務妨害をしてはならないことは、ある意味では当たり前のことであるが、仮に業務妨害があったとしても損害賠償をすればよい。

(三) 原告は、(人証略)により、被告の業務妨害行為を証明しようとしたが、同証人により立証しえたのは、「赤旗、ビラまき、たむろしている者が患者に不快感をおこすことがある。」という点のみである。だが、この不快感なるものが結果的に患者を病院から遠ざけ、病院の患者が減少したとしても、被告が原告に対して業務妨害行為をしたとすることはできない。快・不快は、一般的にいえば個人の主観的な感性の問題であって、特定の対象を見て快と感ずる人もいれば、不快と感ずる人もいる。そうすると、被告の行為は業務妨害行為には該当せず、原告は、被告が業務妨害行為を行ったとの事実を立証していない。

第三(ママ)争点に対する判断

一  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告らは、別紙被告らの行為一覧表(一)、(二)記載のとおり、中野総合病院(本件土地建物)において、シュプレヒコールやハンドスピーカーで「解雇撤回、理事会は団交をせよ、職業病の責任をとれ」などと連呼したり、「懲戒解雇を撤回せよ、職業病の責任をとれ」などと連呼したり、「懲戒解雇を撤回せよ、職業病の責任をとれ」などの記載のあるビラを配付して、懲戒解雇の撤回、原告の理事会が交渉を拒否していることの不当性を訴え続けてきた。

被告は、平成三年夏頃以降、その勤務に差し支えない限り右要求行動に参加しており、別紙被告らの行為一覧表(一)のうち、平成三年七月一〇日、同年一〇月九日及び同年一二月五日の行為に参加したことが明らかである。

被告らは、別紙被告らの行為一覧表(二)の七の平成五年三月一三日の後も、同年四月一七日、同年五月二九日、同年六月三〇日、同年九月一六日、同年一〇月一四日、平成六年一月一三日に、右同様の要求行動を行い、被告は、そのうち、平成六年一〇月一四日を除く各日に、右要求行動に参加したことが明らかである。

昭麿は、東京地方裁判所平成四年(ヨ)第四四一三号事件仮処分決定についての執行文付与時請求事件(東京地方裁判所平成四年(ワ)第一七〇〇五号)における本人尋問において、「本件雇用関係訴訟の判決が最高裁の上告棄却により確定しているとしても、判決内容がおかしいので今後もねばり強く解雇の撤回を要求してゆくし、また右仮処分決定につき大衆的な闘争で裁判所の考え方を改めさせてゆく。」との趣旨の供述をしており、被告自身も本訴において「今後も要求行動を継続してゆく。」旨供述している。

右要求行動は、最近になり、シュプレヒコールを差し控え、闘う会のゼッケンをはずすというやや抑制された形態をとりながらも、なお継続している。

2  被告らの右行為により、中野総合病院の各科外来診療において問診、診察の聴取が困難になる、心電図・内視鏡検査が正確にできない、重症腎不全の患者その他の重症患者の安静を害する、入院患者、妊産婦の安静を害する、外来患者も不快感をもつという事態が生じ、入院患者、医師、看護婦その他の職員は著しい迷惑を被った。安静を要する入院患者からは頻繁に看護婦に対し苦情があり、特に手術がなされた日の苦情は著しかった。

二  前記争いのない事実等と右認定の事実からすれば、被告らは長期間にわたり、中野総合病院(本件土地建物)付近において集団示威運動をし続けていること、その間に原告ほかを申立人とする同種の仮処分による禁止決定が何回もなされ、原告とわぐりとの雇用関係の不存在確認の判決が確定しているにもかかわらず、被告らはこれを無視し続けていること、別紙被告らの行為一覧表(一)(二)記載のとおり被告らは繰り返し解雇撤回や団体交渉に応じることを要求し、また大衆的な闘争により裁判所の考え方を改めさせてゆく旨公言しているが、病院の性格からして著しい業務妨害になるし、患者にとっても健康を脅かされかねない行為であることその他諸般の事情を考慮すると、請求の趣旨記載の被告らの行為は、社会通念上原告の受忍すべき限度を超えるものであり、今後もそのような侵害行為がなされる可能性が高いから、原告は、本件土地建物の所有権ならびに医療業務及びこれに関する一切の業務を円滑に行う権利(憲法一三条、二二条、二九条により、右権利は認められる。)に基づき、被告らの侵害行為の差止めを求めることができるというべきである。

被告は、営業権に基づく差止請求は認められるべきでない旨主張するが、右のとおり、原告は中野総合病院において医療業務(これに関連する業務を含む。)を円滑に行うことができる権利を有しており、これを不法に妨害する行為を排除し、妨害のおそれがあるときはこれを予防することができるものというべきであるから、右主張は何ら理由がなく採用できない。また、営業権に基づく差止請求において、その対象が厳格に吟味されなければならないことは被告主張のとおりであるが、前記認定の事実関係の下においては、本訴請求にかかるようなビラ配り行為を差し止めることもやむを得ないものというべきである。なお、「原告の経営する中野総合病院における医療業務及びこれに関する一切の業務を妨害すること」というのは、主文一・1ないし3項で禁止された行為と類似した態様の業務妨害行為を指しているものというべきであるから、その特定性に欠けるところはない。

また、被告は、赤旗、ビラまき、たむろしている者が患者に不快感をおこすことがあったとしても、快・不快は、個人の主観的な感性の問題であるから、被告らの行為は、業務妨害行為に該当しないなどと主張するが、前記認定の事実によれば、被告らの行為は、一般的にいって入通院想者に不快感を与えるに足りる態様・程度のものというべきであり、患者らを精神的に不安定な状態に陥らせ、ひいては原告の行う診療行為を妨げる性質のものといえ、さらに被告らの行為により原告の受けた被害は、これのみにとどまらず、原告の行う医療業務全般にわたるものであるから、単に個人の主観的な感性の問題に帰せしめられるべきものではない。

三  よって、原告の請求は理由があるから主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

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